読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

たんぽぽの自己啓発的日常

日常であったこと、感じたことについて、人生のヒントになりそうなことを綴っていくブログです

自己価値の防衛という罠

こんばんは。たんぽぽです


<バイクおじさんの言葉事件>
今日、街中を歩いている時の出来事です。買い物のために道を歩いているとき、私はあくびをしていたのですが、横をバイクで走り抜けていったおじさん(50~60くらい?)が何かを言っていました。特に停止するでもなく行ってしまったので、何を言っていたかは聞き取れなかったのですが、「あくび」という単語だけが聞き取れました。


その後、5分ほどムカムカしていたのですが、フッと自分がムカムカしていることに気づき、いろいろと自己観察してみました。


出来事の直後の私はおじさんの声を聞き、周囲に歩行者が私しかいなかったこと、「あくび」という単語から、自分のことについて言っていると判断。声のトーンから、否定的な発言であると判断。即座に自分が非難された、あるいは否定的に見られたと判断しました。


発言した本人はそのまま走り去ってしまったため、確かめる術もなく(というか、知らない人ですので、聞き返すつもりもないのですが)、自分が否定されたという感覚と共に、釈然としない、モヤモヤ感が残って、さらにイライラを加速させたようです。


<オートマチック自我防衛システム>
しかし、振り返ってみると本当に私が「否定的に見られた」かどうかは怪しいところがあります。声のトーンは確かに好意的なものではない感じでしたが、はっきりと言葉の全体を聞き取れたわけではありません。仮に、否定ではなかった場合はただの被害妄想なわけです。


どうやら、意識の中には「自分」を守るため、自分の価値を守るために、自分の価値を貶めると感じたものにストレスを感じ、更に敵意を向けるシステム・習慣があるようですね。


<幻の自己価値>
その後、「あくびは悪いことなのか?」「そもそも通りがかりのおっさんに何で言われなければならないんだ?」などと思考が流れていました。下がった自己価値(正確には下がった「気がしている」だけなのですが)を回復しようと必死になっているようです。


今回の体験で分かりましたが、少し視点を変えると、自分の自己防衛が観察できてしまうもので(※1)、それは単なる一連の思考パターン・思い癖に過ぎません。必死に守ろうとしている「自己価値」というのも大部分が幻、思い込みであるということが、実地で分かった体験でした。


ここまでお読み頂きありがとうございました


※1 多少の気づき、マインドフルネス的な練習が必要な場合もあります


こういったくだりを昨日ニュー・アースで読んでいて良かったです(P.231)

 

ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-

ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-