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たんぽぽの自己啓発的日常

日常であったこと、感じたことについて、人生のヒントになりそうなことを綴っていくブログです

オナ禁日記 164日目 性欲を認める

こんばんは。たんぽぽです


オナ禁日記 164日目です

ひとつの発見

状況としては、前回(149日目)とそこまで変わりませんが、心理的な変化というか、気づきのようなものがあったのでそれについて書こうかと思います。


変化とは、一言で言うと「性欲を認めるようになった」ということです。私は別に禁欲主義者ではありませんし(快楽主義者でもないつもりですが)、人間が肉体を持った生命体であり、性欲はあって当然ということは認識しており、それに対して弾圧もしていません。


しかし、どこかで性欲に対して、精神性を損なうネガティブな衝動である、という考えを持っていました。この種の考えは、私が心理学などを学び始める前はさらにひどく、4年前くらいの私は「セックス」を口に出すことすらためらうような有様でした。これは、心理的ブロックをしては相当に重度な状態です。


原因としては、やはり社会的に性的なことがタブー視されている影響、それを素直に受け取ってしまったことが大きいのかと思います。

受け入れる、というより、あって当たり前という感覚

自然な心の持ち方として、「物事を素直に受け入れる」という言い回しはよく聞きます。理屈は分かるのですが、私はその感覚をうまくつかむことができないできました。それは、性欲しかり、経済的な成功しかり、自分とは異なる思想しかりです。


ところが、最近読んだ本にこんなことが書いてありました。「無意識に、自然に、それがそこにあることが当たり前な感覚になれ」。この言い回しは、自分の中にスッっと入ってきました。


「受け入れる」という言い方の場合には、どうしても「元々許可していなかったものを、許可するように変更する。自分を変える」というイメージがあったのかもしれません。


これに対して、「そこにあることが当たり前な感覚」というのは、普段は意識しないけれど、ずっと持ってる感覚。例えば、私たちは自分の周りに空気があることをいちいち意識したりしませんが、そういう感覚です。この感覚を改めて意識すると、何かに対する抵抗や嫌悪感は自然と消えていきます。

抵抗の減少

何度も書いていることですが、衝動を抑制しようとすると、逆に抵抗が増します。逆に、無意識下での抑制をやめると、衝動も自然と和らいでいきます。オナ禁においても、ある程度衝動が沈静化した後は、こういった方面を探究してみるのが効果的な場合があるかもしれません。


この状態に入ってからまだ3日くらいですので、また様子を見たいと思います。


ここまでお読み頂きありがとうございました