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たんぽぽの自己啓発的日常

日常であったこと、感じたことについて、人生のヒントになりそうなことを綴っていくブログです

【食事中】汚いという思い込み【閲覧注意】

こんばんは。たんぽぽです


排泄物の話が出てきますのでお食事中の方はお気をつけください


スペースを空けるために元旦に撮った虹の写真を載せてみたり
内容とあまり関係ないのでやや内容詐欺っぽいですね(笑)


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ウン○対応

昨年、一昨年あたりから祖父のお世話を母と二人でしているのですが、その中で当然下のお世話も含まれてきます。つまるところウ○チですね。


お風呂場でしてしまった時などは排水管が詰まったりするので、長い棒でつついたり、ケルヒャー洗浄機で押し流したり(多分、水圧が強いので実際には排水管のつまりを吹き飛ばしていると思われる)、洗い場を掃除したりしてました。


最初のうちはうわぁ・・・と思っていたのですが、人間慣れるもので、なんどもやっているとどうとも思わなくなっていきます。

「不衛生」と「汚い(と感じること)」は違う

そんな経緯があってのことなのですが、今日、祖父が下痢をして足を汚してしまい。その足を母が雑巾で拭いていて、私がバケツを運んだりとかしていまして。便で汚れた祖父の足を拭く母を見て、そうか、直接拭くこともできるのだな。と、母を改めて尊敬しました。


と、同時に「○ンチは汚いという認識」を自分が持っていたことに気がつきまして。もちろん、便は栄養が豊富で放っておくと菌がどんどん繁殖しますし(だから堆肥になるわけですね)、良いとは言えない匂いもするので不衛生ではあります。しかし、それに対してウワァ・・・という嫌悪感を覚えるのは単なる条件反射であるな、と。別にウン○を好きになる必要はないのですが、別に毛嫌いする必要もないなー、とそんな感覚を覚えました。



臭い物に蓋、という言葉がありますが。それは意識の中でも行われているのだなあ。としみじみ思うところです。無条件に見ないようにしているもの、嫌っているものというのは、案外そういう思い込みなのかもしれないな。とそんなことを考える一日でした。


ここまでお読み頂きありがとうございました。